ロボット腎摘除
ロボット支援腹腔鏡下腎摘除術
1.病名及び病状
腎腫瘍 ( 左 / 右 )
各種画像検査の結果、腎腫瘍を認め腎癌が疑われています。
2.治療・検査の必要性,それを受けなかった場合の予後・影響
腎癌の診断は最終的には手術により摘除された腫瘍の顕微鏡的検査(病理組織学的検査)で行われま
すので、 結果的に腎癌ではなく良性腫瘍や腎膿瘍(腎臓の膿)などと診断されることがあります。そのため、
手術前に腎癌の確定診断を得るために腫瘍の一部を採取する方法(生検)を行わないのか、という疑問が
生じると思いますが、生検は出血や播種(はしゅ)(一部採取することで癌細胞が散らばること)のリスクを伴い、
また画像検査の精度が非常に高いため、省略されることが一般的です。例外として、すでに転移(血流やリ
ンパの流れに乗って離れた臓器に癌細胞が移り生着増殖すること)のある場合や、手術ではなく積極的に経
過観察する場合に生検が行われることがあります。
腎癌の主な治療は、手術治療と薬物治療です。(他に凍結療法や放射線治療がありますが、組織診断が
できないデメリットがあり、再発した腎癌や家族性腎癌、両側多発性腎癌などの特殊な状況によって勧めら
れることがありますが多くはありません。)腎癌の進行度によってどちらの治療が望ましいか異なります。腎癌
は進行すると腎臓におさまらず周囲の臓器に浸潤(癌細胞が直接臓器を蝕んでいくこと)したり、転移を生じ
ます。腎癌が腎臓におさまっている場合には手術治療による根治的治療を選択することができます。(進行
し転移を生じると根治が困難となります。ただし、転移がある場合でも、手術で摘除することで症状を緩和す
る効果や、炎症を抑える効果、正確な病理診断を行うことができるなどのメリットがある場合には手術治療の
適応となります。その後、全身治療としての薬物治療を行います。)
腎癌に対する手術治療は腫瘍も含めて腎臓を全摘する方法である腎摘除術と腫瘍の部分だけを摘除す
る部分切除術の方法に分けられます。腫瘍が4cm以下の場合には部分切除術が推奨されていますが、部
分切除術は一般的に腎摘除術よりも手術操作が煩雑になり難易度が高いため、腫瘍が小さくても腫瘍の場
所や全身状態からは腎摘除術を勧めることがあり、患者さん個別に適応を考え相談する必要があります。
さらに手術のアプローチの方法として、従来からある腹部もしくは腰部を10cm以上切開し開腹する方法
(開腹腎摘除術)と傷が非常に小さく術後早期にリハビリを行うことができる鏡視下に摘除する方法(腹部や
腰部に1cm前後の穴を4-6箇所作り(ポート)、その穴からカメラや長い鉗子を挿入して行われる方法で鏡
視下腎摘除術といいます。)に加えて、2022年度からロボット支援腹腔鏡下腎摘除術が追加されました。ロ
ボット支援腹腔鏡下腎摘除術は鏡視下腎摘除術と同様のポートを作成し、傷も同様に小さく、少ない出血
量という特徴を有しつつ、さらに改良された手術鉗子、3次元の拡大視野という画期的な技術が追加されて
います。そのため、腫瘍によっては開腹手術を勧められていたような鏡視下手術では困難な腫瘍に対しても
可能となってきました。つまり、開腹手術と同等の手術適応を有し、かつ腹腔鏡手術の低侵襲性を兼ね備え
た手術法として普及しつつあります。腫瘍の大きさ、部位、個数といった腫瘍の要素と、年齢や腎機能、併存
疾患含めた全身状態の患者固有の要素を総合的に判断しどの術式が最適か判断することになります。
また、治療を選択されない場合には、癌が浸潤、転移により様々な症状が出現します。根治は不可能になり、
命の危険につながります。3.推奨する診療行為の内容
1)全身麻酔を行います。(硬膜外麻酔という背中に痛み止めのチューブを挿入する麻酔を併用ことがありま
す。)
2)腹部から腰部に5-6か所、1cm前後の穴(ポート)を開けて筒を留置し、腎周囲の腹部の臓器が存在する
空間に二酸化炭素を送り膨らませ(気腹)、ポートに細長い手術器械を挿入して手術を行います。カメラの映像を
モニターで見ながら手術を進めます。
3)腎臓は腎動脈、腎静脈、尿管とつながっており、それらを切断し腎臓が遊離され摘除します。腫瘍が大きい
場合には周囲の臓器を合併切除することがあります。また、腎臓の周囲にあるリンパ節や副腎を合併切除することがあります。
4)十分に止血を確認した後、ポートの創を7-10cmほど切開し大きくして腎臓を体外へ摘出します。創を縫
合して手術を終えます。ドレーン(細いチューブ)を切除した部位に留置することがあります。
手術時間は2-5時間と個人差があります。
術中、癌が周囲の臓器に浸潤し剥離が困難な場合、出血量が多い場合や他臓器損傷の危険や実際に生じた
場合には開腹手術に切り替える可能性があります。4.推奨する診療行為の一般的な経過・予定と注意事項
入院翌日に手術を行います。術後、翌日までベッドで安静にして頂きます。術翌日に歩行と飲水が可能となり
ます。術後2日目に食事を再開します。歩行が可能であれば尿の管を抜きます。術後3日目にドレーン、硬膜外
麻酔のチューブを抜きます。術後1週間前後で退院を相談します。
退院後はおよそ4週間後に外来を受診し、摘出した検体の病理組織学的検査の結果をお伝えします。
5.推奨する診療行為の期待される効果,実績
転移のない腎癌であれば、手術治療によって根治が期待できます。進行度によって再発率が変わります。癌
が腎におさまっている場合はⅠ期、Ⅱ期で5年生存率はそれぞれ96.7%、86.8%、癌が腎から周囲に広がり
つつある時期であるⅢ期や、すでに転移のあるⅣ期では5年生存率はそれぞれ75.2%、17.2%と報告されて
います。転移のある腎癌の場合には、根治は難しく薬物治療が中心となりますが、状況によっては手術治療を併
用することで、長期にわたり腫瘍の進行を抑えることができます。参考文献:全国がん罹患モニタリング集計 2009-2011 年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報セ
ンター, 2020)、独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成 22 年度
報告書
6.予想される合併症・偶発症・その他の危険性
1)出血
腎臓は内臓の中でも血流の豊富な臓器です。腎動脈、腎静脈と太い血管の処理を行います。そのため、一度
出血すると止血が困難なことがあります。止血のために開腹手術に切り替える可能性があります。手術中に出血
により心臓に負担がかかるような状態になった場合には、安全を考えて輸血をすることがあります。自己血を貯血
して手術に臨む場合もあります。また、出血は手術中に生じることがほとんどですが、手術中に周囲の臓器への
浸潤を認める場合や、肝硬変や血液疾患などの併存疾患がある場合、血液をサラサラにする薬を内服し出血が
止まりづらい場合には、術後に周囲の組織からの出血(後出血)を認め追加治療が必要な可能性があります。文
献による報告では、100-450mlの出血量で、輸血率は5%前後と報告されています。
参考文献:Fabio Crocerossa, Umberto Carbonara, Francesco Cantiello, et al. Robot-assisted Radical Nephrectomy: A Systematic
Review and Meta-analysis of Comparative Studies. Eur Urol.2021;80:428-439.
2)感染症
手術の皮膚の創や腎臓があった部位に感染を生じることです。術中術後に抗生剤を使用し予防に努めており
治療に難渋することは通常ありません。糖尿病を伴っていたり、高齢で免疫力が低下している場合、腎臓に膿が
もともと貯留している場合には感染症のリスクが高くなります。発熱が続き退院が延期となることがあります。腎臓
があった部位に膿が貯まる場合にはチューブを挿入したり、再度開腹手術が必要なことがあります。
参考文献:Nikolaos Pyrgidis, Gerald Bastian Schulz, Christian Stief, et al. Surgical Trends and Complications in Partial and Radical
Nephrectomy: Results from the GRAND Study. Cancers (Basel). 2024;16(1):97.
3)リンパ瘻(ろう)
腎動脈や腎静脈を剥離するために、周囲の豊富なリンパ組織からリンパ液が手術した部位にたまることがあり
ます。リンパ節を摘除する場合にはさらに発生率や量も増えます。リンパ液は自然と吸収されますが、稀に長引く
ことがあります。文献より追加治療である、リンパ嚢穿刺、リンパ管結紮術、リンパ嚢腫開窓術を必要とする例は
1%以下と報告されています。
参考文献:Leibovitch I, Mor Y , Golomb J, Ramon J, et al. The diagnosis and management of postoperative chylous ascites. J
Urol.2002;167(2 Pt 1):449-57.
4)腎機能の低下
腎臓を摘出するため避けられない合併症です。腎機能の低下の程度には個人差がありますが、生来健康な方
では腎移植のドナーとなり腎を摘出される方もいるくらいなので、その腎機能低下の程度は軽いことが多いです。そのため、片側の腎臓になったために腎機能が増悪し、厳格な水分制限や食事の制限、透析治療が必要なこと
は稀です。ただし、もともと糖尿病や高血圧など、残る腎臓に負担がかかりやすい病気を患っている場合や、術後
にそのような病気を発症してしまった場合には、腎機能が徐々に増悪し将来的に透析治療が必要な場合もありえ
ます。文献による報告では、根治的腎摘後に透析等の腎代替療法が必要となる可能性は1-2%です。
参考文献:Yokoyama M, Fujii Y, Takeshita H, et al. Renal function after radical nephrectomy: development and validation of
predictive models in Japanese patients. Int J Urol.2014;21(3):238-42.
5)腸閉塞
手術後に腸閉塞という状態が生じる可能性があります。これは、腸管の癒着、麻痺および浮腫が原因で腸の動
きが悪くなる状態です。多くの方は絶食にして腸を休めることで自然に良くなりますが、続く場合は鼻から胃・腸管
までチューブを留置する処置や手術が必要になることもあります。文献による報告では、約2%の頻度です。
参考文献:Nikolaos Pyrgidis, Gerald Bastian Schulz, Christian Stief. Surgical Trends and Complications in Partial and Radical
Nephrectomy: Results from the GRAND Study. Cancers (Basel). 2024;16(1):97.
6)腎周囲の臓器の損傷
腎は左右によって隣り合う臓器が異なります。右腎であれば肝臓、十二指腸、上行結腸、下大静脈、右副腎、
左腎であれば脾臓、膵臓、下行結腸、左副腎、大動脈です。癌の進行度(周囲への拡がりの具合)や手術の操
作などによりやむを得ず周囲の臓器に損傷をきたすことがあります。損傷した場合には、損傷が小さければ損傷
部位を修復して経過をみますが、損傷が大きい場合にはその臓器の摘除が必要な可能性や大腸であれば人工
肛門という便の出口を腹部に作る手術が必要な場合があります。開腹手術に切り替える可能性があります。また
損傷が手術中にははっきりせず、術後数日と時間が経過してからわかることもあります。文献によると、発生率は
1-2%と報告されています。
参考文献:Kondo Y, Ichikawa T, Ito N, et al. Survey on complications in laparoscopic radical nephrectomy in Japan. Jpn J Endourol
ESWL.2005;18:92-96.
以上が、今回の手術中および術後に生じ得る合併症の代表的な説明内容です。主に進行した腎癌に対する
ロボット支援手術の成績の報告では、合併症の発生率は軽微な件を含めて25%前後で、重症例は3.5%と低く、
死亡例の報告はございません。鏡視下手術と同等です。
参考文献:Fabio Crocerossa, Umberto Carbonara, Francesco Cantiello. Robot-assisted Radical Nephrectomy: A Systematic Review
and Meta-analysis of Comparative Studies. Eur Urol. 2021;80:428-439.
7.合併症・副作用等が生じた場合の対処方法
今回の手術後、順調な経過で退院された場合には、特に注意することはありませんが、術後1か月程は腸の動
きが完全には回復せず、下痢や便秘を生じることがよくあります。また、腎機能の低下により食事内容に注意が必要な場合があり、落ち着いた段階で入院中もしくは外来で栄養相談を受けていただくことがあります。
また、退院後しばらく経過してから発熱が生じることがあります。38℃以上の発熱が2,3日続く場合には外来
予約前でも遠慮せず泌尿器科外来へ連絡のうえ受診してください。再入院することもあります。
8.他の治療方法の有無,比較(利害・得失)
①開腹手術および従来の鏡視下手術
●ロボット支援手術の利点(開腹手術と比べて)
1)お腹を大きく切らずに治療を受けることができ、傷も小さくてすみます。
2)気腹して、内視鏡(3D ハイビジョンカメラ)を使用することにより、体腔内を詳しく観察でき、繊細なリンパ節郭
清が可能で、出血も少ない。
3)体表の傷が小さいため、術後の疼痛も軽減されます。
4)手術後退院までの日数や通常生活、仕事への復帰までの期間が短縮されます。
●ロボット支援手術の利点(腹腔鏡下手術と比べて)
ロボット支援手術の拡大視野、繊細な手技が可能になることで、従来であれば腹腔鏡手術では難しく開腹手術
で行われていました、周囲に癌が広がっている腎癌、静脈に広がっている腎癌に対しても、ロボット支援手術で
行うことができます。(腹腔鏡手術で安全に行えるのであれば、ロボット支援手術との違いはありません。)
●ロボット支援手術の欠点
1) 内視鏡という限られた視野で、限られたポートという穴だけの手術になりますので、周囲の臓器を損傷する
場合や修復が難しいことがあります。
対策: 日本泌尿器科学会ならびに日本内視鏡外科学会ガイドラインに沿ってトレーニングを受け、手術中の
他の臓器損傷時に十分な対応のできる技術を有する泌尿器科医師複数人のチームで手術を担当します。ま
た損傷の程度によっては速やかに従来の開腹手術に変更します。
2) 内視鏡下の手術は、平均出血量は開腹手術より少ないですが、一度出血が多くなると止血が困難で手術
が進められなくなる可能性があります。
対策: 止血が困難な場合は、従来の開腹手術に速やかに移行します。
3) 気腹で使用する気体は炭酸ガスのため、血中炭酸ガス濃度が上昇し、臓器障害を引き起こす場合がありま
す。また腹腔や気道の圧力が上昇し、心肺機能に負荷がかかる、血栓(血の塊)や肺塞栓(血の塊が肺の動脈
につまること)をひきおこすことがあります。
対策: 手術中に体内の炭酸ガス濃度を測定しながら手術を行っています。手術前に心肺機能に異常がない
かチェックし、手術中は腹腔や気道の内圧を測定しながら手術を行っています。手術中は足に弾力包帯を巻く
などの予防的対処を行います。また手術後には出来るだけ早く離床(歩行含めたリハビリ)してもらうようにしま
す。
4) 操作用器具挿入部に、腹壁瘢痕ヘルニアを引き起こすことがあります。
対策: 操作器具や摘出臓器が直接傷に接しないように、道具を通す筒(外套)あるいは回収袋を使用します。
5) ロボット支援装置の不具合が発生する可能性があります。
対策: 手術室専任の臨床工学技士の確認後、24 時間 365 日専任スタッフの確認が可能な体制がある医療機器メーカーへの問い合わせを速やかに行います。それでも解決が困難な場合には、ロボット支援を中止して通
常の鏡視下手術あるいは開腹手術に移行します。
以上から、ロボット支援腹腔鏡下手術により、鏡視下手術では手術が困難な場合でもロボット支援手術で可能
となります。それに伴い、開腹手術と比較して、①小さな傷、②出血量の減少、③術後疼痛軽減、④腸管機能
の術後早期回復、⑤早期の社会復帰などが期待できます。多くの面で従来の開腹手術や鏡視下手術よりメリ
ットを有しておりますが、以下の場合では従来の開腹手術がより癌の摘除および安全性の面で優れていること
もあります。そのため、手術前にロボット支援腹腔鏡下手術か開腹手術か、どの術式を選択するかよく検討しま
す。ロボット支援腹腔鏡下手術を選択した場合であっても、手術中に開腹手術に移行することもあります。
1)過去に腹部の手術をされ、腹腔内の癒着(臓器同士がくっつくこと)が高度な場合
2)出血のコントロールが困難な場合
3)手術時間が長時間にわたる場合
4)腎周囲の臓器(隣接臓器)の損傷が生じる可能がある場合や生じた場合
5)癌の浸潤が想定よりも広く周囲臓器摘出が必要な場合
②部分切除術
4cm以下の腎癌の場合には、第一選択となる手術治療です。腫瘍の部分だけを摘除するため、腎摘除術と比
べて腎機能を温存できることがメリットです。創も小さくすむことが多いです。デメリットは、腫瘍の場所によっては
部分切除が難しく、出血、尿の漏れなどの合併症の発生が高くなります。そのため、4cm以下の腎癌でも安全を
優先し腎摘除術を勧めることがあります。
③凍結療法
3-4cm以下の腎癌で適応となります。組織診断ができないデメリットがありますが、再発した腎癌や家族性腎癌、
両側多発性腎癌などの特殊な状況によっては勧められることがあります。手術治療と比べると再発率が高いと報
告されています。局所再発率は T1a 腫瘍の場合7.7%で、T1b 腫瘍の場合では 34.5%と報告があります。
参考文献:Pickersgill, N.A., et al. Ten-Year Experience with Percutaneous Cryoablation of Renal Tumors: Tumor Size Predicts
Disease Progression. J Endourol, 2020. 34: 1211.
④薬物療法
腎癌が周囲の臓器に広がり、手術では摘除が困難な場合やすでに肺や骨などに転移を生じている場合には
薬物療法が第一選択となります。薬物治療が奏功し、転移が消失することでもともとあった腎癌を摘出することが
あります。
⑤放射線療法
進行した腎癌で手術が困難な場合は、血尿や痛みが出現することがあります。そのような症状を緩和させるた
めの選択肢となります。進行した腎癌ではないものの手術や凍結療法ができない場合には次善の策として提示することがありますが、手術と比べて根治性が確立されておらず標準的ではありません。